今日はアガサクリスティの小説を買った。
読むのが楽しみだ。
というのも最近どうも懐古厨になっている。18歳頃のニコニコ最盛期頃の音楽が日々の生活の中で急に脳内再生されることが多々ある。
そんなこんなまだ数ページしか読んでいない、読みなれてない英米文学なので、少しずつしか理解していかない、少しずつ読むのが楽しみだ。
正直日本の小中高の教育に聖書教育入れてもいいんじゃないかなと思うし、英米文学入れてもいいんじゃない?なんて思うけど結局大学とか社会人で学べるからいいのかな?
旧約聖書なんかも早いうちから読ませたら自立心が培われるし、年間3万人の自殺者なんかも無くなるんじゃないか?
まあ古事記も読むんだけどさ、やっぱりファンタジーなんだな、それでも面白いけどさ。
ホリエモンさんも言ってたが日本人の同調圧力はDNAレベルで浸透してるね、
俺も何か所で働いてたがやっぱり日本には個性を尊重する文化なんて皆無でさ
個性排撃主義者が多いね、悲しいことに。
それは一部の権力者がそれで良しとしてるんだわ。ようは人を犬のように扱いたいって考えて徹底的に管理したいと考えてるんだわな。
俺も22~24歳のときにネットの一部の意見見てたら学歴コンプレックス拗らせるわ、成績コンプレックス拗らせるわ、色々大変だったね。でもそれでいいんだよ、そのぶん「馬鹿みたいに遊んできたし」なんだかんだ選んできたのは自分自身だからね。
最近なんかは自分の目線なんかも気を遣ったりもするし、
やっぱり悪いもんは見ちゃだめだね、悪いものとも縁切らないとダメだわ。
自分の幸せはほかでもない自分自身で決めないとだ、誰かが決めてくれるわけじゃない。
誰も責任取れないしよっぽどのことじゃない限り取りようがないね。
やっぱり誰かを憎むのは間違ってる、闇にのまれそうになるときは本読んだり文章書いたり出かけたり美味しいもん食べたり自然の中で過ごしたりが個人的にはオススメだ。
あと怒れなかったり、怒らなかったりするのも悪い。そういうのは優しいとは言わない、愚かだ、舐められるし引きずるしろくなことがない。次会うときには違う形で返せばいいわな。
あと侮辱の言葉も悪いな、互いによくないな。言われたほうは覚えてるが、言うほうも優劣コンプレックスを拗らせて発言してるんだわな。辛いね~
そんな関係をきづけなかったことがなによりも辛いね。お互いにコンプレックスの塊だ。
根っから合わなかっただろうね、俺が受けた学校教育でも友達と仲良くするのが美徳みたいなことは教わったけど、違うんだよね。無理に仲良くしてる時点で友達でもなんでもないんだわ。
友達ってのは寂しさをおぎ合うなうのが友達でもあるんだよ、見下されてるなとか見下したりしたら友達でもなんでもないんだわな。
ここで言ったのはまだ若い時の友達だな。
大人の友達は作ったことないからわかんねーな。
作れるかもしれんし作れないのかもしれん